ライフテクノロジーズジャパン株式会社 バイオサイエンス事業部
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会社カテゴリー:研究関連資材
主サービス提供地域:
製品・サービス詳細
EVOS M7000を用いた造血幹前駆細胞の増殖能・運動能の評価
田久保 圭誉 氏 森川 隆之 氏 |
北大学大学院医学系研究科幹細胞医学分野・教授
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背景
造血幹細胞は血液細胞システムの中で最も未分化な細胞で、体内の恒常性維持に必要とするさまざまな種類の血液細胞を、生涯にわたって滞りなく供給すると考えられている。また、白血病をはじめとする各種の造血器腫瘍等の血液疾患においては、放射線や薬物療法などでそれらの疾患のもととなる異常な血液細胞を一掃した後、正常な造血幹細胞の移植により健常な造血環境を再構築する移植療法に活用されている。
こうした背景から造血幹細胞が生体内でどのような仕組みによってその無二の能力を発揮しているかを明らかにするべく、多くの研究者が幹細胞自身およびそれを支える環境因子で作動している分子機構の解明に取り組んでいる。その結果、造血幹細胞の数や機能を調節するメカニズムとして、造血組織である骨髄内からもたらされる細胞外シグナルや、それらが駆動する細胞内の転写・エピゲノム・代謝などの制御機構が次々に明らかになってきている。一方で、生体内の造血幹細胞の数は、骨髄細胞全体の1 万分の1 個の頻度でしか存在せず、非常に希少である。さらに、体外で幹細胞としての性質を保ったまま増殖させることが難しい性質を持つことから、臨床の現場において、造血幹細胞移植が適応される血液疾患などの治療に必要な造血幹細胞を十分に確保することは難しいのが現状である。そこで移植医療の現場で求められる数的、質的に十分な造血幹細胞の供給を常時実現させるための一つのアプローチとして、in vitroでの培養による増幅条件を探索していく試みがさまざまな手法を用いて進められている。
これらの研究開発の多くで用いられている実験系はマウスの骨髄から、あるいはヒトの臍帯血などの検体から造血幹細胞を単離して、いくつかの条件で培養した後、フローサイトメーターで細胞の種類と数を測定するという実験系が主である。このフローサイトメトリーによる実験系は、造血幹細胞を含めた血球系の表面マーカーをもとに培養前後の細胞数や各細胞群の割合を、あるタイムポイントで比較するために非常に有用なツールである。一方で、時間経過とともに変化する細胞数および、培地中での挙動などを捉えたデータを得ることには限界がある実験系とも言える。培養中の造血幹細胞の培地をいったいどのタイムポイントで交換するとよいか、そして培養した細胞をどのタイミングで回収したらよいかをより正確に知ることができれば、フローサイトメトリー法で得られるデータと併せて、各培養条件の最適化をさらに加速させることが期待できる。
Invitrogen™ EVOS™ M7000 Imaging Systemは高精細蛍光顕微鏡と優れた細胞培養システムを標準で搭載しており培養中の細胞を長期にわたって観察したデータを取得することのできる非常に有用なシステムである。さらに、造血幹細胞が維持されている骨髄は硬い骨に閉ざされており、限られた血管からの血液および酸素の供給などによって低酸素である環境に置かれていることから、その培養条件の検討において酸素環境を厳密にコントロールすることが求められる。EVOS M7000は先代機種に続きさらなる改良が施され、培養中の酸素環境をより厳密に制御できるInvitrogen™ EVOS™ Onstage Incubator により、造血幹細胞の培養に必要な低酸素環境を高精度に維持しながら観察することが可能である。
本アプリケーションノートでは同システムを用いて、造血幹細胞のin vitroでの培養における実態を1週間にわたって追跡した結果の一部をご紹介し、本システムの幹細胞生物学へ貢献の可能性について議論したい。
目的
マウスの骨髄由来造血幹細胞はいくつかの培養条件下で一定時間培養が可能であることが知られている。しかし、培養下での挙動の検証や細胞数の増減の高い時間解像度でのデータ取得は、一般的に行われているフローサイトメーターの解析だけでは困難である。本実験では培養中の造血幹細胞が培養条件ごとにどのような挙動を示し、その細胞数がどのように変化していくかを知る元となるデータを得るため、低酸素下での細胞の経時的な観察データを取得可能なEVOS M7000を用いて、造血幹細胞の培養下での数的な変動および挙動の変化を検証した。
方法
マウスからの造血幹細胞および造血前駆細胞単離
全身でGFPタンパクを発現しているUbc-GFPマウスの大腿骨、および脛骨の骨髄を2%FBS PBS中で23G注射針の注射器を用いて回収し、溶血後、造血幹細胞を同定可能な細胞表面マーカーを蛍光標識抗体で染色した。Lin-、Sca-1+、cKit+、CD48-、CD150+、EPCR+を造血幹細胞、Lin-、 Sca-1+、cKit+、CD48-、CD150-を造血前駆細胞としてフローサイトメーターでソーティングした。
細胞培養
ラミニンコート、またはノンコートの96 well プレート上で4000個/well、37 ℃、5%CO2、1%O2で、培地の交換をしない条件で7日間培養した。
ラミニンコートプレート:ラミニン溶液(Nippi, #892011)をガラスボトムプレート(Corning, #4580)のwellに滴下し、37 ℃で30分静置後、各wellを滅菌水で洗浄したプレートを用いた。
培地:DMEM F12カスタム培地(Gmep社)、SCF 100 ng/mL、(PeproTech社)、TPO 100 ng/mL(PeproTech社)
EVOS M7000撮影条件
レンズ倍率:10倍
撮影間隔:1時間
撮影回数:150回
培養開始から各細胞が培養プレート面に着底するまでの時間として1時間のオフセット設定で撮像を開始した。
解析
取得した画像データは画像解析ソフトウエアThermo Scientific™ Celleste™ Image Analysis SoftwareとImageJを用いて細胞カウント、セルトラッキングの解析を行い算出した。
結果
培養終了後、画像データを抽出し、取得されたすべての画像において解析が十分に可能な解像度とコントラストを持つことを確認し各解析を行った(図1)。まずノンコートのプレートの造血幹細胞は、培養開始1日目で細胞数はやや低下する傾向をみせた(図2)。その後培養開始1日後から4日後にかけて細胞数は増加し、4日を過ぎてから減少に転じ、その後6日目まで低下した。ラミニンコートのプレートでもノンコートと同様の時間経過ごとの細胞数の増減を見せたが、4日目の細胞数のピークではノンコートと比較してラミニンコートの方が細胞数は多かった。造血幹細胞の動きを見ると、ノンコートでの培養期間中の平均速度は3.7 μm/hr であったのに対し、ラミニンコートでは17.9μm/hrとコーティングによる顕著な速度増加が見られた(図3、4)。培養期間中の培養開始から1 日ごとの造血幹細胞の平均速度を解析すると、ノンコートでは培養開始から7日間にわたって大きな平均速度の変化は見られなかった(図5)。一方で、ラミニンコートプレートで培養した造血幹細胞は、細胞数の増加が見られる2日目から徐々に減少傾向を見せ、細胞数のピークとなる4~5日で速度の減少は落ち着き、その後細胞数の減少のタイミングで再び速度は低下した。
次に、造血前駆細胞の細胞数は、ノンコートのプレートの培養の場合、培養開始1 日目は細胞数が急激に低下し、培養開始4日目にかけて増加した。その後細胞数は急激に低下し、データの取得は培養後5 日目までとなっていた(図2)。ラミニンコートのプレートの造血前駆細胞は、培養開始1日目に細胞数の低下を見せ、その後3 日目にかけて上昇したが、4 日目には低下傾向を見せ始め、ノンコートと同様に5 日目に細胞の判別が終了していた(図2)。ピーク時の細胞数は、ノンコートの方が、ラミニンコートより多い結果を示した。
図1. 造血幹細胞のデータ取得開始直後 GFPにより、細胞が識別される。 |
図2. 経時的な細胞数の変化 造血幹細胞と前駆細胞とで、異なるコーティングに対する効果が見ら れた。 |
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図3. 培養期間中の造血幹細胞の挙動 各細胞の軌跡が色付きの線で示されている。線の密度からコーティン グにより各細胞の活発な移動が促されていること伺える。 |
図4. 培養期間中の平均細胞速度 造血幹細胞、前駆細胞ともにコーティングにより速度は増加した。 *:p < 0.05 |
図5. 1 日ごとの平均細胞速度 造血幹細胞、前駆細胞ともに細胞数が増加している期間での細胞速度 の低下が見られる。*:p < 0.05 |
結果(続き)
造血前駆細胞の動きを解析してみると、造血幹細胞同様に、コーティングにより細胞の速度は上昇していた(図4)。ノンコート上では培養期間中大きな速度の変化は見られなかった(図5)。一方で、ラミニンコート上の造血前駆細胞は、造血幹細胞同様に増殖を見せる期間での速度の低下を示した。
考察
本実験では培養中の造血幹前駆細胞の数における経時的な変化と、その挙動を精査する目的で、マウス骨髄から単離したそれらの細胞をEVOS M7000の培養システムを用いて、ノンコートとラミニンコートの条件で7 日間の培養を試みた。まず結果から造血幹前駆細胞も生体内で細胞外マトリックスを構成するラミニンを足場として、in vitroでも盛んに運動することが確認された。培養中の細胞数はラミニンコートの有無に関わらず造血幹細胞では4~5 日目、造血前駆細胞では3~4 日目をピークとした増加をみせ、その後減少に転じた。また細胞の速度は造血幹細胞、前駆細胞いずれもノンコートと比較してラミニンコート上の方が速度が速い結果となった。ラミニンコート上では造血幹細胞の経時的な速度の低下は、造血幹細胞より前駆細胞の方が顕著であった。
造血幹細胞の培養では培地交換は2~3日に1 回という頻度で行われることが多いが、今回の結果のように3~4 日の細胞数のピークを迎える前に培地の交換を行うことは、培養中の細胞の状態を保つ上でも望ましいタイミングであるといえる。ピーク時の細胞数は造血幹細胞ではノンコートと比較してラミニンコートの方が多く、細胞の移動が分化・増殖に及ぼす影響が少なからずあることが示唆された。一方で、造血前駆細胞は、動きの少なかったノンコートの方がラミニンコート上での培養と比較してピーク時の細胞数は多く、造血幹細胞と前駆細胞の細胞運動の分化・増殖への関わりには差異があることが予想される。また造血前駆細胞は幹細胞より速度の減少も顕著で、培養後1日ほど早い時点で細胞数のピークを迎え、造血幹細胞よりも早々に枯渇してしまったことから、造血幹細胞に適した環境が、必ずしも前駆細胞には最適ではない可能性も予想される。本システムではフローサイトメトリー法などにみられる細胞回収から測定までの細胞のロスが起こらないという点でも、造血幹細胞のような非常に数の少ない細胞の解析を行う上で有利であった。
今回の結果を踏まえ、培地の交換を行いながらより長期的な培養下での造血幹細胞の解析が望まれる。このとき培養環境の温度、ガス濃度の変化は避けられないが、本機種では温度制御システムおよびチャンバーへのガス供給システムが一新されており、培地交換後の環境変化を最小限に抑えながら培養を継続できることが期待される。また各種の蛍光レポーターを用いた培養細胞の性質に経時的な変化も加味した検討のニーズも高いが、EVOS M7000は複数の波長による励起も可能であるため、蛍光レポーターに加え、カルシウムや代謝物、ガスなどをターゲットとした蛍光プローブを組み合わせた解析なども可能であり、引き続き多くのプロジェクトでその真価が発揮されていくと思われる。
結論
EVOS M7000とEVOS Onstage Incubator を組み合わせることで、低酸素下での造血幹前駆細胞の数や挙動の経時的なデータを取得することができた。培養下での細胞の情報を、細胞回収、染色などの操作を経ることなくほぼ全自動で得ることができる本システムは、実験者あるいは施設間におけるデータのばらつきの軽減にも貢献すると思われる。また先代の機種と比較してコンパクトになり、培養中の窒素ガスなどの消費量が少なくなった上に、培養チャンバーの温度安定性が飛躍的に上昇している点も短期間で多くの情報を含んだデータを精度よく取得できている一因と思われる。今後EVOS M7000を用いてさまざまな酸素および培地条件下での造血幹細胞にとどまらない、細胞の分化・増殖様式が明らかにされることが期待される。